2018年8月1日水曜日

味付けが変わる・・・・それは何かのサインかもしれない


ちょっと「母が料理が出来なくなった話」をしたので、これからご両親やご自分の認知症が心配な方々のために、その過程をお話ししようと思う。

 

認知症というものは、いつ発症したのか分からないほどに、静かに進行していく。つまり、始まった時というのは、まず分からない。だから、周りも本人もその初期の頃には気が付かないことがほとんどなのだが、それでもいくつか注意すべき「ポイント」がある。

 

これは認知症の家族を持っている方ならよく耳にする話なのだが、家事のうち最初にできなくなるのが、料理である。それも、「味付け」がおかしくなる。ウチの母の場合を例にとれば、味がやたら辛くなった。

 

我が家は母が田舎の出の人だったので、よく漬物を作った。ある時、私が夕食の支度をしている横で、母が、

「お母さん、キュウリの一夜漬けを作る」

 と言い出した。当時、すでに家事の多くを私がこなしていたのだが、漬物だけは母の方がはるかにベテラン、私よりずっと上手なはずだ。

「じゃ、お願い」

 と言って、私はそのまま忙しく包丁を動かしていたのだが、出来上がった一夜漬けは、塩がきつくて、とても食べられた代物ではなかった。漬物を作って何十年なのに、これは一体どうしたことか。

「どうしてこんなにお塩入れちゃったの!?」

 と詰問したが、母はただ、

「分からない・・・・・」

 と。

 

味噌汁も母が味付けをするとやたら辛くなってしまい、

「お母さん、もう味付けは全部私がやるから」

 と私は母から味付け作業を取り上げた。

それでもその時はまだ、私は「認知症」には思い至らなかったのだ。

 

味付けが段々変わってきた、また料理好きだったのに料理をしたがらなくなった、こんな場合には一度、病気を疑った方がいい。

 

そのうち、味付けだけではなく包丁も使えなくなっていった。例えば、カレーや煮物を作っているのに、じゃがいもをあたかも味噌汁の具に使うように細かく切ってしまう。料理に応じた切り方というものが、困難になってしまうのだ。

 

それでも認知症の進行を妨げるためにも、料理などの家事はなるべくした方がいい。なので、私は病気が分かってからも、母を一緒に台所に立つよう仕向けていた。ただ、段々母は台所に立ちたがらなくなった。あの頃はよくケンカしたものだ。私は母のためを思って、一緒に料理をしようとしているのに、母は、

「今、行くよ(台所に)」

と言ったまま、いっこうに来ようとしない。その間、私はイライラしながら台所で待っている。私一人で料理をした方がサクサク進めるのに、一体誰のためにこうして声を掛けていると思ってるのよ!? 私は睡眠時間4時間で、仕事に家事に追われているのよ!? それをなんだと思ってるの!?

 

そして、母は段々一緒に立っているのが危なくなり、料理は一切できなくなってしまった。

 

今はコンビニに行けば何でもそろうし、特に不便はない。しかし、自分や家族の健康状態をチェックするためにも、私は状況の許す限り自炊をお勧めしたい。味付けが微妙に変わる、というのは、認知症に限らず、何かの病気の兆候かもしれないからだ。

 

母は今では台所に立つなんてことは絶対にできない。二度とできないだろう。ケンカしながら、イライラしながら、2人で台所に立っていたあの頃が懐かしい。

0 件のコメント:

コメントを投稿