さて、レックスが「日本語教室」ボランティア時代に出会ったヤバイ30代男、仮にWとしておこう、このW。仕事をしていないだけではなく、何かと「?」な言動の多いヤツだった。
ある時、「日本語教室」が開かれていた地域でボランティアの集会があった。どういう目的の会だったのか、今ではすっかり忘れてしまったが、いろいろなボランティア活動従事者が集まっていた。
レックスもその中の一人だったわけだが、会が始まる前、突如Wから一枚のコピー用紙を渡された。
「ん? 今日使うレジュメか何か?」
と思っていると、Wが一言。
「これ、僕が高校生の時に〇〇という雑誌に投稿して入選した詩です!」
さあ、皆さん、ご一緒に。
「だから、ナニ!?」
「え~、そうなんですか~、すご~い!」
って言うところなんですかね、ここ。目が点になったレックスだったが、そこは大人なので、
「あ~、そうなんですね~」
と無難に対応しておいた。
ところが! である。このW、何とその場に集まった女子高生の皆様にもこれを配って回っているではないか。
「これ、僕が高校生の時に・・・・以下省略」
いや~、女子高生も困ったろうね、30過ぎのおじさんから訳の分からない詩のコピーもらって。どう対応すればいいのか、分からないよね。
Wにはこんなエピソードもある。ある時、「日本語教室」が終わった後で若手のボランティアだけでカラオケに行こう、という話になった。レックスはその日はボランティアを休んでいたので後から聞いたのだが、カラオケに行くメンバーのいずれものが、
「でも、Wさんはちょっとね・・・・・」
という話になったらしい。が、一人だけ誘わないのも気が引けるし、最寄り駅までは普通に帰って、その後家に帰るふりして、カラオケボックスで直接落ち合おうということになった。
うまいこと駅でさよならしてからカラオケボックスに集合したボランティアの面々だったが、ぬわんと! どこでどう嗅ぎつけたのか、みんなで楽しくカラオケに興じていたら、後からWが皆のいる場所を突き止めて、やって来たらしい・・・・怖いよ、アンタ。
確かに「日本語教室」があったのは都内でも新宿や池袋のような繁華街では全然なく、典型的な住宅地だったから、カラオケボックスの数もそれほど多くはなかった。だから、一軒一軒当たって行けば見つけることはさほど難しいことではないのだが、それにしても普通、やるかね?
もしもレックスだったら、そこまでハブかれたのだったら、皆がどこかへ行くと分かっていたとしても行かないなぁ。だって、みんなはアタシに来てほしくないわけでしょ? だったら、例え無理に行ったとしても面白くないと思うもの。
ってか、何でみんながカラオケに行くと分かったんだ!?
その洞察力(?)をもっと他のことに振り向ければ、アンタの人生ももう少し違ったかもよ、と思うね、老婆心ながら。
そうそう、このW、ちょっと危ないヤツでもあった(今までのエピソードでも十分危ないってか?!)。
ある時、Wがいきなりレックスにこう言ったんだよね。
「レックスさん家って、近くにクリーニング屋さんがありますよね!」
「へ!? (何で知ってるの、こいつ)」
「あと、〇〇もありませんか?」
「・・・・・・(だから、何で知ってるんだよ、お前!)」
「僕、この間行ったんですよ、自転車で・・・・。でも、レックスさんの家、どこか分からなかったなぁ、近くだってことは分かったんだけど」
「・・・・・・・・・!!!」
よく「悪寒が走る」というが、まさにこういうことなのかとあの時ほど感じたことはない。当時、今ほど個人情報にうるさくなかったこともあって、「日本語教室」ではボランティアの住所録を作っていた。おそらくWはそれを見たに違いない。だって、自分の住所なんてごく一部の人にしか教えてなかったし。
それに、自転車って・・・・Wの家の最寄り駅からレックスの家の最寄り駅まで、電車でも20分以上かかるんだよ!?
それに、そんなストーカーまがいのことやったって、よく相手に平気な顔で言えるよね!?
ったく、常に斜め上を行くヤツだったぜ。
一応、当時はまだ父親も母親も健在で、親と同居だったからそこまで恐ろしくはなかったが、一人暮らしだったら、マジでしゃれにならなかった。引っ越しを考えるレベルだよね。以来徹底的にWを避けまくり、接点を持たないようにした。それが功を奏したのか、その後はアタシに絡んでくることはなかったけど。
ボランティアのリーダー格の人にも、住所録はリーダー以外の人に見られないよう管理してほしい、とお願いしておいた。だって、一人暮らしの若い女性とか、考えたらホラーだ。
にしても、だからそのエネルギーを他に使えよ!!
そのWも今頃はいい年になったことだろう。アタシとあまり違わない年だからね。まあ、再会したいとは金輪際思わないが(ってか、絶対にヤダ)。
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